THE 正論,  the seiron, THE SEIRON, THE正論

日本を正す!

MENU

「週刊正論」

新しい元号に思いを込めて

新しい元号は「令和」と決まった。出典は『万葉集』の梅の花の歌三十二首の序文にある、『初春の令月(れいげつ)にして 気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ』である。

その出典の言葉を含めて、「令和」とはいかにも、新しい時代への憧れを抱かせるような、雅にして心安らかな元号であるが、この新元号制定のもう一つ大いなる意味はやはり、日本史上初めて、元号の出典となる言葉を、中国古典からではなく日本の古典から引用したことにある。

元号というのはもともと、中国が発明したものである。紀元前2世紀に前漢時代の武帝が「建元」という元号を制定したのが元号の始まりであるが、時代はさらに下って、東アジアの朝鮮半島の国々や日本がそれに倣って元号を使い始めた。その中で、例えば朝鮮半島の国々と比べると、元号制定に対する日本の姿勢は断然違っていた。

朝鮮半島最初の統一国家である高麗は、一部の例外を除けば、基本的に中国王朝の元号をそのまま使っていた。高麗を受け継いだ李氏朝鮮の場合、最初から最後まで中国皇帝の元号をそのまま「拝受」して朝鮮の元号として使い、中国皇帝に対する恭順の意を示していた。

つまり、高麗と李氏朝鮮が使っていた元号がそのままであることは、この2つの王朝が中国の属国の地位にあることの象徴となっていた。それに対してわが国日本は最初から最後まで、中国皇帝の元号を使ったことは一度もない。 

日本最初の元号が「大化」であることは周知の通りである。それはまったく日本独自の元号であって中国王朝とは何の関係もない。つまり高麗や朝鮮とは違って、日本人は初めての元号を制定したその時から、日本が独立国家であることを強く意識して、独自の元号の制定を持って独立国家としての気概を示した。

大化といえば、思い出されるのは646年から始まった「大化の改新」である。公地公民制に基づく中央集権の国家体制づくりが「改新」の目的であることはよく知られる。その当時、中国大陸では世界帝国の唐王朝が強盛を極めて周辺地域への覇権主義的膨張を始めた。まさにそれに対抗するために、日本は中央集権の強い国家体制作りを急がなければならなかったわけであるが、果たして大化の改新からわずか17年後の663年、日本は朝鮮半島の白村江で唐帝国と正面から対峙して果敢に戦った。

こうして見ると、大化という元号の制定から大化の改新が実行されるまでの一連の動きは、白村江の戦いの「戦略的準備」との位置付けであることがよく分かるが、当時の日本人が独自の元号制定に込めたのはまさに、中華帝国の膨張に対抗して国家の独立を守り抜こうとする強い思いだったのではないか。

このような歴史の経緯を踏まえれば、21世紀になった今、日本の新しい元号が日本の古典に依拠したことの、もう一つ大いなる意味が見えてくるのであろう。大化の時代の日本人が唐帝国の覇権主義的膨張に危機感を覚えた時と同様、今の日本国は再び、「民族の偉大なる復興」を唱えてアジア支配を目指す習近平中国からの脅威にさらされているのである。日本の生命線となるシーレーンが通る南シナ海では中国の軍事支配化が進み、尖閣諸島周辺の日本領海に対する中国船の領海侵犯はすでに日常化している。日本は自国の安全と地域の平和を守っていくために外交戦としての「白村江の戦い」をほとんど毎日のように戦わなければならないし、いざというときに備えて大事な国防を固めていかなければならない。 

このような状況下で、新しい時代の到来を迎えたわれわれ日本人にとって、「令和」という、日本の古典に依拠した日本独自の元号を持つことの意味は大きい。そう、元号のない歴史に終止符を打って日本独自の元号を持ったことで独立国家の気概を示した大化の日本人と同様、「元号は中国古典から」という今までの慣例を破って史上初めて日本古典から引用した元号を持つことによって、現在に生きるわれわれ日本人は、中華帝国の覇権主義に対抗して、日本の独立と平和を断固として守っていく意志を固め、それを内外に示すことができるのではないか。

こうして見ると、日本最初の大化という元号の制定は日本史上における画期的な創始であったのと同様、今における「令和」という元号の制定はまた、この古き伝統を受け継いだ上での画期的な創始であろう。

日本元号史上の新しい1ページがこれで開かれるのだが、これから「令和」という時代を生きていくわれわれ日本人は、独自の元号を制定した大化の先人たちの初心を忘れずにして、「令和」という美しい元号に込められた深い意味合いを心にとめて、日本の平和と繁栄を守っていく固い決意の下で、一致団結して邁進していくべきではないのだろうか。

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 石平

    せき・へい 1962年、中国四川省生まれ、北京大学哲学部卒業。88年に来日し、神戸大学大学院博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。平成19年、日本国籍を取得した。著書多数。『なぜ論語は「善」なのに、儒教は「悪」なのか 日本と中韓「道徳格差」の核心』 (PHP新書)は最新の著書)

閉じる