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「週刊正論」

GHQのキーマンが語った「9条」の真実

第34回「正論大賞」(フジサンケイグループ主催)を受賞した西修・駒沢大名誉教授の近著『証言でつづる 日本国憲法の成立経緯』(海竜社)を読了した。連合国軍総司令部(GHQ)で日本国憲法の原案を作成した関係者らの〝生の声〟をもとに、わが国の最高法規がどのような経緯で誕生したのかを客観的に示した良書である。産経新聞論説委員兼政治部編集委員の阿比留瑠比記者も本日付朝刊のコラム「極限御免」で同書を取り上げていた。

特に注目すべきは、GHQ民政局次長として日本国憲法の原案をとりまとめたチャールズ・ケーディスの生前の証言だ。日本国憲法の各条文は7つの小委員会で原案が作られたが、核心部分である「戦争の放棄」条項のみは彼一人が担当したほどの中心人物である。 

そのケーディスは西氏に対し、9条については当時、自衛戦争の遂行も自衛戦力の保持も合憲であると解釈していたこと、「その他の戦力」は兵器製造工場や軍需工場をイメージしていたこと、そして、後の日本でその解釈をめぐり混乱を招くことになる「交戦権」という文言に関しては、意味をよく理解しないまま盛り込んだことを赤裸々に語っている。ケーディスは淡々とした口調で「日本側から『国の交戦権』を削除したいという申し出があったら、OKしていたでしょう」と述べ、西氏を拍子抜けさせている。

わずか27歳で「天皇・条約・授権規定」に関する小委員会に参加していたリチャード・プールが西氏に明かした次のエピソードも興味深い。

ある日、「戦争の放棄」条項があまりにも理想的だとして、〝待った〟をかけようとしたプールに、ケーディスが「この条項はどこから出てきたのか知っているかね?」と尋ねた。若者が「いいえ、知りません」と返すと、上官は「元帥からだよ。これ以上、何か言う必要があるかね?」。プールは即座に「ノー・サー」と答え、それで会話は打ち切られたという。GHQを率いたダグラス・マッカーサーの絶対的な権力者ぶりが目に浮かぶようである。

同書を読めば、日本国憲法の成立経緯や内容に違和感を覚えていたのは米国人の若者だけではなかったことも分かる。

貴族院議員として憲法審議に参加していた東京帝国大学教授の宮澤俊義は、今や〝護憲派の精神的支柱〟として有名だが、当時はこの憲法について「自発的にできているものではない」「(GHQに)指令されている事実はやがて一般に知れることと思う」などと後ろ向きに評していた。

また、現在では一切の改憲を許さない共産党も当時は「9条は民族の独立を危うくさせる」などと主張し、1カ条にも賛同しないまま憲法審議を終えている。考え方や価値観は当然、変わり得るとはいえ、これほどの転回には、かのコペルニクスもびっくりしたに違いない。

いずれにせよ、同書は、特に憲法改正に関心を持つ人々の、飽くなき知識欲を満たす糧となることは間違いない。関係者を追って米国からフランスの片田舎まで、文字どおり足で稼いで真相に迫った比較憲法学の大家の尽力に、敬意を表さずにいられない。そして、護憲派は憲法の成立過程に改めて向きあい、改憲論議に応じるべきではないか。

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著者略歴

  1. 内藤慎二

    2001年、産経新聞に入社。政治部で首相官邸、与党、野党、憲法などを担当。16年から正論調査室で月刊誌『正論』の編集担当。現在は政治部野党キャップ

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