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潮匤人の「時評書評〝新潮〟流」

潮 匡人氏 〝戦後日本劇団〟が演じる「本気のフリ」

「国民みんなが本気のフリをして生きているのが日本ではないのか」

『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』(新潮社)で、著者の伊藤祐靖(元2等海佐)は読者にそう問う。

むろん「国民みんな」の中には、自衛隊や防衛大学校も含まれる。

たとえば「防衛大学校の亡霊たち」と題した「第三部」、「女子大の担任の先生になる」との中見出しのもと、伊藤はかつて防大指導教官として臨んだ1995年9月1日の防災訓練をこう描く。

まず、学生に「休め」の号令をかけた「防大の歴史上初の女性学生長」(女子学生)に向かって、「なんで用もないのに突っ立たしとくんだ。寝かせろ」と指導する。

ちなみに、自衛隊の「休め」は「気を付け」を解除するだけで、両手を後ろに回して立ったままの姿勢を維持しなければならない。

そこで再びこう指導する。

「真面目にやれ。体力を温存するには寝るのが一番って、幼稚園児だってわかるだろ。
防災訓練を長い時間やるわけないって、計算しているだろ。
訓練中に寝っ転がるなんてまずいんじゃないか? とか思ってんだろ。
そんなことが頭をよぎるってことは、真剣にやってねえ証拠なんだよ。
小僧のうちから、自衛隊劇団やってんじゃねえ」

このくだりは、前著『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』(文春新書)がより詳しい。

前著出版直後、私はiRONNAへの寄稿で、かつて現役幕僚として体験した以下の会話を明かした。(当該記事はこちらから)

「お前(潮)も対策本部の要員だろ、今日はもう帰っていいぞ。明日の朝は早いけど、遅れるなよ」
「無理です」
「なぜだ?」
「私は京王線で出勤しておりますが、訓練想定では明日の発災により、京王線は運行停止となりますので」
「ばかやろう、屁理屈をこねるな」(以下略)

 

およそ以上のやり取りの末、私は早朝から出勤することになった。

まさに、伊藤教官のいう「自衛隊劇団」が演じる「本気のフリ」ではないか。

しかも当時の私は1等空尉。私を叱った先輩は1等空佐。

「小僧」どころか、最高司令部の運用部門トップだった。

失礼ながら内閣総理大臣以下、閣僚や事務次官その他の主要幹部も例外でない。

上記拙稿で指摘したように、政府は毎年9月1日(防災の日)に防災訓練を実施する。

たとえば「首都直下地震を想定し、内閣総理大臣を本部長として全閣僚」が参加する。

そうした政府の「想定」が現実となれば、どうなるか。

上記の京王線に限らず、首都圏の各線すべてが運行停止。公共交通機関を利用して通勤している政府職員は出勤できない・・・

・・・はずなのに、なぜか毎年、防災服を着た総理や閣僚、政府の主要幹部らが「緊急災害対策本部」に集う。

要は「明朝、地震が起きる」と事前に分かっているから、集合できるだけ。

「防災訓練を長い時間やるわけないって、計算し」、総理以下「本気のフリ」を演じている。

もし、本物の地震が発災したら、現実は名実とも「想定」外となろう。

実際、東日本大震災でそうなった。先の大阪地震でも、そうなった。いまも西日本豪雨の傷跡が残る。

過去の教訓が活かされた形跡は乏しい。私も東西の震災で帰宅困難となった。

一被災者の眼からみても、政府や自治体、公共機関の対応は、あるべき危機管理から程遠い。

上記拙稿で明かしたとおり、伊藤の前著を、私は(警察官の次男と)防衛大学校生の長女に、強く薦めて読ませた。

前著同様、伊藤の近著『自衛隊失格』も、長女に読ませた。

会員限定のメルマガなので、踏み込んで明かそう。

「ウチ(私)も、こういう(伊藤のような)指導教官がよかったな」――現役の防大生が吐露した、偽らざるホンネであろう。

伊藤は近著の本文を「私は、自衛隊失格だった」と締めた。

続く「あとがき」で、書名に触れつつ「自衛隊がなにかに失格しているという意味にもとれるが、著者としてその意図はない。私が自衛隊員として失格だったのである」と書いた。

さらに「たった一人だけ心酔した男」と荒谷卓(元1等陸佐、初代陸自特殊作戦群長)の名を挙げ、「二人とも自衛隊には向いていなかったのかもしれない」と述懐する。

荒谷も伊藤も、定年を待たず自衛隊を去った。

類は友を呼ぶ。実は私も、ともに一尉の現役当時から荒谷と親しい。

もし、荒谷も伊藤も「自衛隊失格」なら、(自衛隊をクビになった)私も間違いなく「失格」となろう。

私も「自衛隊には向いていなかったのかもしれない」。

ならば、どのような自衛官が〝合格〟なのか。どんな人間が自衛隊に向いているのか。

その答えは、歴代の統合幕僚長(自衛官のトップ)をみれば、わかるはずだ。

そこで、もう一歩〝地雷原〟に踏み込み、一つの答えを紹介しよう。

松本修著『情報戦士の一分(いちぶん) ある自衛隊分析官が歩んだ道』(非売品)には、著名な元統幕長や元陸幕長らが登場する。

いずれもイニシャルで書いてあるが、「『伝説の自衛官』としてTV番組に出演し(中略)著書も出した」など、関係者なら、それが誰か、すぐにわかる。

著者の松本は元陸自幹部自衛官。

たとえば防衛省情報本部分析部分析官だった2011年末の北朝鮮最高指導者(金正日)死亡を受けた防衛省内の「堂々巡り」の会議を明かし、「『こういう最高指揮官(統幕長・潮注)には付いていけない』と私の中で何かが崩れた」と述懐する。

あくまで一つの答えに過ぎず、ひとりの見方に留まる。

とはいえ、伊藤や松本らの実体験に基づく著書が明かした自衛隊の姿は、たった一つの答えを指し示している。

あえて伊藤に反論しよう。

伊藤自身ではなく、やはり「自衛隊がなにかに失格している」のではないのか。

以上は、けっして「自衛隊劇団」だけの問題ではない。まさしく「国民みんなが本気のフリをしている」(伊藤)。

戦後日本が「なにかに失格している」のではないか。

〝戦後日本劇団〟が演じる「本気のフリ」は、滑稽なまでに悲しい。

(平成30年7月15日)

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