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菅直人元首相に危機管理を語る資格はない

菅直人元首相(立憲民主党)は16日、ツイッターに新規投稿し、台風15号による千葉県内の大規模停電について、「内閣改造が忙しくて初動が遅れたことは明らか。危機管理にとって初動の遅れは致命的。責任は大きい」と、安倍晋三首相をはじめ政府の対応を批判しました。

菅氏は自身が首相だった平成23年3月11日の東日本大震災と、今回の停電への対応を比較しています。

「千葉県の停電に対する東電と安倍総理の対応余りにも遅い。私が福島原発事故発生の翌朝現地に行って、吉田所長から直接話を聞いたことに批判もあったが、その後の対応には極めて役立った」

 

停電に対する政府・千葉県・東電の対応の遅れには検証が必要ですが、だれもが菅氏に言われたくないと思っているでしょう。そこで、東京電力福島第1原発事故で、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏(故人)が政府の事故調査・検証委員会(政府事故調)に対し、菅氏の現場視察をどうみていたかなどを話している場面を紹介します。質問者は政府事故調の調査委員です(肩書は当時)。

 【菅首相は事故発生翌日の平成23年3月12日午前7時11分に福島第1原発を視察に訪れた】

 −−いつごろ首相が来られるという話になったのか

 吉田氏「時間の記憶がほとんどないんです。(午前)6時前後とかには来るよ、という情報が入ってきたんだろうなという」

 −−首相は所長に対し何を話したのか

 吉田氏「かなり厳しい口調で、どういう状況になっているんだということを聞かれたので、電源がほとんど死んでいます、制御が効かない状況ですと。何でそうなったんだということで、津波で電源が全部水没して効かないですという話をしたら、何でそんなことで原子炉がこんなことになるんだということを班目(まだらめ)(春樹原子力安全委員長)先生に質問したりとか」

 −−いかに現場が厳しい状況か説明したのか

 吉田氏「十分説明できたとは思っていません。自由発言できる雰囲気じゃないですから」

 −−現場に近い状況が壁一枚向こうにあるが、首相は激励に行かれてないか

 吉田氏「はい」

 −−中を(視察・激励しに行かなかったのか)

 吉田氏「全く、こう来て、座って帰られましたから」

 菅氏は現場で働く職員を激励することもなく帰っていったということです。菅氏は福島第2原発に対しても「原子力緊急事態宣言」を発し、「3キロ圏内」の住民に避難を指示する決裁を、視察現場で行っています。つまり、避難指示が遅くなったというわけです。吉田氏と話して少し落ち着いたため、同行していた経済産業省の審議官がようやく書類を差し出すことができました。

この場では冷静に対応した吉田氏ですが、菅氏に対する怒りを露わにするのは「全員撤退」問題が出た3月15日朝のことです。事故調とのやり取りを続けます。

 【菅首相は3月15日午前5時半ごろ東電本店の非常災害対策室に入った】

 −−何をしに来られていたんですか

 吉田氏「何か知らないですけれどもえらい怒ってらしたということです」

 〈菅氏は「撤退したら東電は百パーセントつぶれる」と発言〉

 吉田氏「ほとんどわからないですけども、気分悪かったことだけ覚えていますから、そういうモードでしゃべっていらしたんでしょう。そのうちに、こんな大人数で話をするために来たんじゃない、場所変えろとか何かわめいていらっしゃるうちに、この事象になってしまった」

 【事象とは2号機の格納容器の圧力抑制室の圧力計が下がり、4号機の原子炉建屋が爆発したこと】

 −−テレビ会議の向こうでやっているうちに

 吉田氏「そうそう。ですから本店とのやりとりで退避させますよと。放射能が出てくる可能性が高いので一回、2F(福島第2原発)まで退避させようとバスを手配させたんです」

 −−細野(豪志首相補佐官)さんなりに、危険な状態で撤退ということも(伝えてあったのか)

 吉田氏「全員撤退して身を引くということは言っていませんよ。私は残りますし、当然操作する人間は残すけども、関係ない人間はさせますからといっただけです」

 −−15日午前に2Fに退避した人たちが帰ってくる

 吉田氏「本当は私、2Fに行けとは言ってないんですよ。車を用意しておけという話をしたら、伝言した人間は運転手に福島第2に行けという指示をしたんです。私は福島第1の近辺で線量の低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fにいってしまったというんでしようがないなと。2Fに着いたあと、まずGM(グループマネジャー)クラスは帰ってきてということになったわけです」

 −−所長の頭の中では1F(第1原発)周辺でと

 吉田氏「線量が落ち着いたところで1回退避してくれというつもりでいったんですが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も退避していて死んでしまう。よく考えれば2Fに行ったほうがはるかに正しい」

 −−退避をめぐっては報道でもごちゃごちゃと

 吉田氏「逃げていないではないか、逃げたんだったら言えと。本店だとか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけども、現場は逃げていないだろう。それをくだらない、逃げたと言ったとか言わないとか菅首相が言っているんですけども、何だばか野郎というのが基本的な私のポジションで、逃げろなんてちっとも言っていないではないか。注水とか最低限の人間は置いておく。私も残るつもりでした。場合によって事務の人間を退避させることは考えていますということを言った」

 −−本店から逃げろというような話は

 吉田氏「全くない」

 −−「撤退」という言葉は使ったか

 吉田氏「使いません、『撤退』なんて」

 −−使わないですね

 吉田氏「『撤退』みたいな言葉は、菅氏が言ったのか誰がいったか知りませんけども、そんな言葉、使うわけがないですよ。テレビで撤退だとか言って、馬鹿、誰が撤退なんていう話をしているんだと、逆にこちらが言いたいです」

 −−政治家ではそういう話になってしまっている

 吉田氏「知りません。アホみたいな国のアホみたいな政治家、つくづく見限ってやろうと思って」

 −−ある時期、菅氏は自分が東電が逃げるのを止めたみたいな(発言をした)

 吉田氏「辞めた途端に。あのおっさん(菅氏)がそんなの発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。そんなおっさんが辞めて、自分だけの考えをテレビで言うのはアンフェアも限りない。事故調としてクレームつけないといけないんではないか」

 【政府事故調は菅政権が設置を決定。23年6月7日の初会合で菅氏は「私自身を含め被告といったら強い口調だが」と発言した】

 −−この事故調を自分(菅氏)が作った

 吉田氏「私も被告ですなんて偉そうなことを言っていたけども、被告がべらべらしゃべるんじゃない、バカ野郎と言いたいですけども。議事録に書いておいて」

菅直人氏は「危機管理」のことを語る前に、吉田氏の証言を読んで自らの言動を省みてほしいものです。

 

 

著者略歴

  1. 有元隆志

    ありもと・たかし 産経新聞社正論調査室長兼月刊「正論」発行人。1989年産経新聞社入社。政治部で首相官邸、自民党、外務省などを担当。2005年7月からワシントン特派員。13年10月政治部長、16年10月編集局総務、18年7月から現職

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