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社会観撮 Someday Somewhere

「五爪の龍」描いた日本画家の気概

建長寺の「雲龍図」

建長寺法堂の天井に描かれた「雲龍図」=鎌倉市山ノ内

 

 見上げると畳80畳分の天井いっぱいに、目をむき出し、火炎を吐きながらうねる1匹の龍がこちらを見下ろしている。その迫力には何回見ても気おされてしまう。
 この天井画は、個人的な撮影散歩コースの立ち寄り先の一つで、臨済宗鎌倉五山第一位の建長寺の法堂(はっとう)で睨みをきかせている。日本画家の小泉淳作画伯が1年7カ月かけて平成12年(2000年)に完成させた「雲龍図」は、建長寺創建750年記念事業の一環として平成14年(2002年)に奉納された。
 禅寺には龍の絵はつきものだが、この小泉画伯の大作で注目したいのは、宝珠を掴む龍の爪が5つであることだ。「五爪の龍」は古代中国では天子の象徴と言われ、近隣の朝鮮では「四爪」までが許され、さらに日本では「三爪」までとされたという。確かに日本のお寺で見かける多くの龍は三爪だったように記憶している。
 建長寺の天井画がきっかけとなり、小泉画伯は臨済宗京都五山第三位の建仁寺から龍図を依頼され、建長寺を上回る畳108畳分の「双龍図」も描いている。
 先日たまたま京都に行く機会があったので祇園に隣接する建仁寺を訪れると、法堂の天井で二匹の龍が阿吽の表情で参拝者を睨みつけ、五爪でしっかりと宝珠を握り、絡み合う様は圧倒的だった。
 小泉画伯がなぜ五爪の龍を描いたかは画伯亡き今となっては知る由も無いが、もはや中国の天子に気兼ねする必要はないということだろう。大器晩成の小泉画伯が日本画家として注目されたのは70歳を過ぎてから。画伯の著書「我の名はシイラカンス。3億年を生きるものなり」には「他人の目や世間の評判、画壇の評価ばかり気にして、自らの絵に魂をふき込むのを忘れてはいけない。憧れや畏敬や哲学を持て。自分の絵を追い求めろ」と老画家の遺言が記されている。
 中国から輸入された禅はその後日本に定着、生きつつづけたが、本家の中国では衰退した。多くの中国人観光客が行き交う祇園の街を歩きながら、建長寺、建仁寺に五爪の龍を描き、東大寺の本坊40面の襖絵という大作をやり遂げた小泉淳作画伯の気概に思いを馳せた。

建仁寺法堂に描かれた「双龍図」=京都市東山区

 

※小泉淳作(1924年ー2012年)
※建長寺 神奈川県鎌倉市山ノ内8
※建仁寺 京都府京都市東山区小松町584

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著者略歴

  1. 渡辺照明

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