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艦橋から

新橋のネクタイ巻き

 福島第1原発事故当時、私は産経新聞文化部の記者だった。福島に3年駐在しており、科学担当記者もしていた経験から、原発事故から半月もすると、放射線量のデータから福島第1原発の門の前までは実際に様子を見に行けそうだ…ということが分かってきた。
 そこで4月初め、半径20キロ以内がまだ立ち入り禁止となる前に、文化部の学芸担当デスクに「原発の現地取材に行きたいのですが」と提案した。しかし彼は「再度の放射能漏れなど不測の事態があるかも知れないから許可できない」とのたまう。「では仕事が休みの日に『私用』でマイカーで行ってきます」と通告したが、それも不許可に。今、思い出しても藁人形を作りたくなるほどのヘタレぶりだった。
 ところで原発事故から1カ月前後の当時、私と同様のことを考えて福島第1原発の正門前まで行き、かつ本を書いた人が2人もいた。その書評を書いたところ、掲載してくれたのが当時、読書面担当で「正論路線」に理解のある山根聡デスクだった。お陰様で高田純著『世界の放射線被曝地調査』の著者インタビューを平成23年9月25日に、副島隆彦編著『放射能のタブー』の書評を同年12月10日の産経紙面に掲載できた。山根デスクとともに、原発風評被害の解消に一役買えたのではないかと思う。
 その山根記者が文化部時代から神奈川の地方記者となった今に至るまで7年間、本誌で連載した「映画ナナメ読み」が12月号で最終回を迎える。心より深謝。あとはペンネーム「新橋のネクタイ巻き」での夕刊フジ連載が末永く続くことを願いたい。(編集者M)

原発現地取材ができたのは震災から5年後。本誌2016年4月号で《汚染水の7割は…欧米基準では飲用できるほどの〝安全な〟水だ》と記した=福島第1原発

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