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艦橋から

ММプロジェクト

 先日、日本文学研究者のドナルド・キーン氏が亡くなった。すぐに「日本のことを考えない日はなかった」という見出しで不肖・私の署名入り記事が産経ニュース、ヤフー・ニュースなどに掲載された。なぜ「正論」の編集者がキーン氏の評伝記事を? との疑問に、お答えしておきたい。
 新聞社の文化部の重要な仕事に、著名文化人の訃報掲載がある。有名人の死去が深夜に判明した場合なども、きちんと翌朝の新聞に記事を載せなければならない。そこで有名人の訃報記事については、予め用意しておくのである。これが「亡者(もうじゃ)予定稿」と呼ばれるもので、4年ほど前に産経新聞文化部にいたころ、私はこの予定稿作成を一手に引き受けていた。正論編集部に異動するまでの1年ほど手掛けた「MM(私の名前+亡者)プロジェクト」で、当時75歳以上の文化関係の著名人については、おおむね亡者予定稿を取りそろえた。当時、用意しておいたキーン氏の評伝が今般、日の目を見たというわけだ。実は先日亡くなった堺屋太一氏の産経新聞1面記事も、私の書いた亡者予定稿が元になっている。
 ところで予定稿を用意した当時、キーン氏のことは随分、調べたつもりでいた。しかし先日、産経新聞の特派員記事で、キーン氏が現地の大学でイタリア語で講義したこともあるほどの「大のイタリア好き」だったことを初めて知った。日本もイタリアも同じく先の大戦での敗戦国とあって、「判官贔屓」があったのかも知れない。そんなところも含め、キーン氏は日本人以上に日本人的な方だったと、つくづく思う。(編集者M)

 東日本大震災の半年後、平泉・中尊寺で講演するドナルド・キーン氏

 平成24 年3月、日本国籍取得が認められ、東京都北区の区役所で喜びを語るキーン氏

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