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【映画「FUKUSHIMA 50」(フクシマフィフティ)トークイベント~門田隆将氏と若松節朗監督】

東日本大震災の大津波で機能不全に陥った東京電力福島第1原発事故をテーマにした映画『FUKUSHIMA 50』(フクシマフィフティ)が3月6日から全国ロードショーされます。産経新聞社では映画の公開を記念したトークイベントを2月15日午後6時30分から、東京・銀座ブロッサム(東京都中央区)で開催します。原作の『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)の著者、門田隆将氏と、同映画監督の若松節朗氏が対談します。サプライズゲストも予定していますので、ご期待ください。

 映画では、第1原発1・2号機当直長、伊崎利夫(佐藤浩市)らは全電力が落ちた中央制御室内に約50人の地元出身の作業員らととどまり、決死の覚悟で水素爆発を防ぐため奮闘します。所長の吉田昌郎(渡辺謙)は緊急対策室で、最悪の事態を阻止すべく奔走します。トークイベントでは門田さんと若松監督が撮影秘話や見どころ、知られざる真実について語ります。

 ここでは、所長として現場の指揮を執った吉田昌郎氏の聞き取り調査をまとめた政府の事故調査委員会の「吉田調書」のなかで、吉田氏らの緊張がピークに達した2号機をめぐる証言を紹介します。

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〈平成23年3月14日午後、福島第1原発1、3号機に続いて2号機が緊急事態に陥った。原子炉の冷却機能が失われ、炉内圧力が上昇。炉内を冷却するために「原子炉主蒸気逃がし安全弁」(SR弁)を開いて、圧力を下げ注水しようとしたが作業は進まなかった〉

――(14日の)16時30分くらいから減圧操作を開始したが、手間取った

吉田氏「(現場からの報告では)バルブが開かないと。何せ焦っていたんで、早く減圧させろと。私自身、パニックになっていました」

――SR弁がなかなか開かないというところから、夜に行くぐらいのころ、退避なども検討しなければいけないのではないかみたいな話というのは出ていた

吉田氏「(略)廊下にも協力企業だとかがいて、完全に燃料露出しているにもかかわらず、減圧もできない、水も入らないという状態が来ましたので、私は本当にここだけは一番思い出したくないところです。ここで本当に死んだと思ったんです」

「これで2号機はこのまま水が入らないでメルトして完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出てしまう。その分の放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故ですから。チェルノブイリ級ではなくてチャイナシンドロームではないですけれども、ああいう状況になってしまう」

〈炉内から冷却水がなくなれば、核燃料が溶け落ちるメルトダウン状態に陥る。さらに溶融した炉心が格納容器の底に穴を開ける最悪の事態がメルトスルーだ。映画「チャイナシンドローム」は米国の原発事故でメルトスルーした核燃料が地球の内部を溶かしながら進み裏側の中国にまで達するという設定。現実には起こらないとされる〉

吉田氏「そうすると、1号、3号の注水も停止しないといけない。ここから退避しないといけない。放射能は、今の状況より現段階よりも広範囲、高濃度で、まき散らす部分もありますけれども、まず免震重要棟の近くにいる人間の命に関わると思っていました。(中略)みんなに恐怖感与えますから、電話で武藤(栄副社長)に言ったのかな。ここは私が一番思い出したくないところです、はっきり言って」

――それは、SR弁がなかなか開かないからか

吉田氏「開いたんです。(中略)SR弁が開いたにもかかわらず圧が落ちない。もう一つは(炉圧が下がったのに)消防車の燃料がなくなって水を入れるというタイミングのときに入らない。そこでもまたがくっときて、これでもう私はダメだと思ったんですよ。ここが一番死に時というかですね」

――14日の夜中の話か

吉田氏「19時ぐらいからですかね。実際はですね」

――ようやく減圧した21時ごろにタイミング悪く消防車が燃料切れした

吉田氏「そうです。(中略)水が入ったら逆に今度は水が加熱した燃料に触れますから、ふわっとフラッシュして、それで圧力がぐっと上がってしまったという現象だと思っているんですけど、また水が入らなくなる」

――(深刻だったのは)3号機よりも2号機

吉田氏「3号機は水を入れていましたでしょう。1号機も水を入れていましたでしょう。(2号機は)水が入らないんですもの。水が入らなければただ溶けていくだけですから燃料が。燃料が溶けて1200度になりますと、何も冷やさないと圧力容器の壁抜きますから、それから格納容器の壁もそのどろどろで抜きますから、チャイナシンドロームになってしまうわけです。(中略)燃料が全部外に出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出てしまうわけですからわれわれのイメージは東日本壊滅ですよ」

――すぐに退避というふうになっていない

吉田氏「水がやっと入ったんですよ。あとはずっと水を入れ続けるだけだということで、やっと助かったというタイミングがあるんです」(肩書は当時)

   

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「吉田調書」はそれ自体、原発事故を検証するうえで価値の高い資料ですが、調書をめぐる報道は、戦後ジャーナリズム史に残る事件でした。

朝日新聞は平成26年5月20日付朝刊で、独自入手した調書を基に「所長命令に違反 原発撤退」との見出しで、平成23年3月15日朝に福島第1原発にいた所員の9割に当たる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、第2原発へ撤退したと報じました。これを受け、海外の有力メディアは「パニックに陥った作業員が原発から逃走」(米紙ニューヨーク・タイムズ)などと批判的な論調で一斉に報じました。

だが、産経新聞が調書を入手したところ、吉田氏は所員らが自身の命令に違反して撤退したとの認識は示しておらず、8月18日付で「『全面撤退』明確に否定」と朝日報道を否定しました。

吉田調書に関し、朝日は木村伊量社長(当時)が記者会見し、「朝日新聞はいわゆる吉田調書について政府が非公開としていた段階で独自に入手致しまして、5月20日付で第一報を報じました。その内容は3月15日朝、東電社員の9割にあたる650人の社員が、吉田所長の待機命令に違反し、10キロ離れた福島第2原発に撤退をしたというものでした。吉田所長の発言を紹介して、過酷な事故の教訓を引き出し、政府に全文公開を求める内容でした。しかし、その後の社内での精査の結果、吉田調書を読み解く過程で評価を誤り、命令違反で撤退という表現を使った結果、多くの東電社員がその場から逃げ出したという間違った記事だと判断致しました。命令違反で撤退の表現を取り消すとともに、読者および東電のみなさまに深くおわびを申し上げます」と謝罪しました。

 

報道をめぐる当事者の一人でもあった門田さん、そしてメガホンをとった若松監督の熱いトークをお聞きください。

トークイベントの参加費は2000円。申し込みは産経iD(要会員登録)からお願いします。https://id.sankei.jp/e/1133

FAXは住所、氏名、電話番号、参加人数と「フクシマ50」と書いて0120・529・015まで。振込先をご案内します。

 

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