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三浦小太郎の「右であれ左であれ我が祖国」

17世紀の「ペスト」と現代のコロナ感染~「ロビンソン・クルーソー」デフォーを読み解く

アルベール・カミュの「ペスト」が売れているという。私見では、これはカミユの最高傑作であり、ペストという圧倒的な死をもたらす不条理と、それに抗する中で希望を見出していく人々の姿を見事に描いている

しかし、私はあえてこの時期紹介したいのは「ロビンソン・クルーソー」の作家、ダニエル・デフォーが1722年に発表した同名の小説「ペスト」(中公文庫)だ。この作品は1665年にロンドンを襲ったペストの大流行を、当時の記録並びに証言資料などから構成したルポルタージュのスタイルを取った小説である。デフォーは1660年に生まれており、当時はペストの記憶を生々しく語る人々がいたはずであり、本書の、まさにその場に居合わせたかのような迫力とリアリティは、この事件が「現代史」だったことを生々しく伝えている。

デフォーが生まれた1660年は、イギリスにとって王政復古の年でもある。クロムウェルの清教徒革命とその後の清教徒イデオロギーが国家を支配した時代は終わり、復活した王政も、かつての伝統的権威を再度回復できたわけでもなかった。商業や貿易の発展と共に、近代的意識の確立と価値相対主義の時代をイギリスは迎えていたと言ってもよい。そこに直撃したペストの猛威と、当時のロンドン市民の様々な反応は、まさに現代の状況と恐ろしいほど共通するものがある。

まず当初、ロンドンはこの感染症を過小評価していた。感染当初はさしたる被害が出なかったことから、当局も市民もむしろ楽観的で、ペストに備える意識は薄かったのだ。しかし、現実にペスト患者が続出するや、ロンドンは大混乱に陥る。もちろん、当時はペストの病因が細菌であることはわからず、有効な治療法もない時代だった。死への恐怖は、多くの人々に信仰へのめざめや神にすがる心を起こさせたが、同時に起きたのは、狂気にとりつかれた妄想だった。彗星の出現や、雲の合間に見えた幻影がまことしやかに神のお告げとして語られ、ハルマゲドンを預言するパンフレットが出回り、街頭では狂気の「預言者」がロンドンの滅亡を語った。同時に起きたのは、あらゆる詐欺師の跳梁跋扈である。彼らは予防や治療に効くと称するあらゆる偽薬や、時にはかえって健康を害しかねない劇薬をまことしやかな広告に載せて売りさばいた。連絡してくれれば治療法を教えると宣伝し、訪れた人たちを話術で巧みにだまして大金を巻き上げたものもいた

デフォーはさらに、良心的でまじめな医師よりも、残念なことに、このような詐欺師やいかさま医者の方が信じ込まれてしまう傾向があったと記している。冷静に自分たちの出来る範囲のことだけを述べる医師たちは、自分たちがこの病気に対しできることは少ないことを自覚していた。だからこそペストの恐怖に駆られた人たちは、半信半疑であったとしても、「これで必ず治る」と宣伝する詐欺師たちに引き付けられてしまったのである。また、デフォーは、当時の牧師たちの姿勢を激しく批判している。不安に駆られて教会に駆けつける信者たちが何よりも必要としていたのは、心の平穏を説き、罪を悔いる人たちを許し、死への恐怖におびえる人たちを慰める言葉だったはずなのに、多くの牧師たちが説いたのは逆の言説だった。彼らは恐怖をあおり、人々が犯した罪を責め、却って不安や恐怖を増強してしまう傾向があったのだ。牧師たちは信者の覚悟を促し、悔い改めを求めたのかもしれないが、結果としては彼らの言説はパニックや不安をひきおこしただけであった。

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